答えのない世界を生きる

「答えのない世界を生きる」というちょっと硬い本を読みました。
著書は日本人でありながらフランスの大学教授。
また、アラブ圏でフランス語通訳としても活躍。

 

読書のメリットは複眼的な視野が得られることにあると思う。

 

ひとつの事実があり、いくつもの解釈がある。
よろこんでもらいたいという研究動機があり、いくつもの手段がある。

わたしたちの研究活動にとっても勇気をもらえる一冊でした。
いつものように下記読書メモです。

 

とくにアインシュタインや村上春樹の言葉に痺れたなあ。
自分たちの考える課題を粛々と解決していこう。

 

天野龍

 

30ページ
常識をいったん括弧に括り、理論に一人歩きさせる余裕が大切だ。そして珍妙な結論が引き出されても、すぐには退けないで、常識の誘惑や圧力に対抗する勇気が必要である。

95ページ
作家村上春樹も言う。
学校で僕らが学ぶ最も重要な事は最も重要な事は学校では学べないと言う心理である

学校は個性を潰す装置だ。そしてそれは日本もフランスも同じだ。

99
教育は素晴らしい。だが、時々は思い出すべきだ。本当に知る価値のあるものは何も教えられないということを。

これからの日本の運命を背負うのは若い君たちだ。諸君の未来に大いに期待している
などと大げさなことを言う
そんなに日本の将来が心配なら子供に頼らずお前が自分で社会を変革したらどうだ

104ページ
アインシュタインは言った
「学生は知識を詰め込むための容器ではない。火をともしてやる松明だ。」
テレビの前に座れば、何の努力をしなくても情報が流れてくる。
同じように、授業に出席すれば知識が増えると思うな。
講義の目的は知識の提供ではない。
君たちの世界観を揺さぶり、破壊するのが私の役割だ。

 

答えは君たち自身が見つけよう。私は触媒だ。
答えを教えてもらおうと思うなら授業に来るな

207ページ
「これしかない。もう後には引けない」と言う覚悟もときには功を奏する。
後に東京大学で集中講義を担当した時、学生の1人に相談された。
「実は女優になりたいのですが、自信がありません。大学院に行くか、芝居の世界で挑戦するか迷っています」
4人のピアニストにこの話をしたら、すぐ答えが返ってきた。
「迷う必要などない。迷うような人間はそもそも俳優になど絶対になれないから」
親や周囲に反対されてもやる。叱られても殴られても続ける。才能なんて関係ない。
理由はわからないが、やらずにいられない。他にやることがない。だからやる。
そんな人が俳優になるのだろう。落語家もダンサーも画家も手品師もスポーツ選手も同じに違いない。

ある意味で、この学生は不幸だと思う。
中学卒や高校中退なら、未知の世界に迷わず飛び込む勇気が出ただろう。

だが、東大卒と言う肩書きがあるだけに、そこから手に入るであろうと特権を捨てるのが惜しくなる。
既得権が足かせになって、かえって可能性を狭める。人間は弱い。常に言い訳をして自己正当化する。
だから、やすきに流ないように、逃げ道をあらかじめ断って自らを追い込むこともときには必要である。

209ページ
経済先進国ではなく、第三世界のアルジェ大学への留学を希望したのは、
支配される側から世界を眺めたかったからだ。

日本で学ぶか韓国や中国で研究するかで、近代史の解釈に根本的な違いが出る。
長期間にわたって植民地支配されたアルジェリア人の目を通して、西洋世界の現在をつかみたかった。

217ページ
「奇跡の教室」と言う本が話題になった。ある一冊の本を3年かけて読む。
橋本剛が行った国語の授業の話である。
本を読みながら言葉の意味だけでなく登場する出来事を追体験したり、科学など多方面に橋本は脱線する
広く浅くよりも狭く深く