経済成長なき幸福国家論

夏休みに入りましたね。
といっても子どもたちの話です。

息子は所属サッカーチームFCソレイユの
2泊3日サマーキャンプに出発しました。

さて、今回は夏休みに入り
「こどもたちに何を体験させてあげよう?」
とお悩みの保護者の方にお役立ていただければ幸いです。

最近よんだ本にズバリ書いてあります。

・自己決定
・本物体験
・幼少期にこそ

このあたりがわたしたちの夏休みテーマです。
それでは!

経済成長なき幸福国家論(平田オリザ、藻谷浩介著)

—–

進学においても、自分で選ぶ「自己決定力」がポイントになるんです。

自分の子供に対しては、自分で判断して自力で飯だけは食え。何とか自立しろ。
普通の人なりにちゃんと稼いで自己決定しなさい。
ということ以上に、教えることはないと思うのです。

—–

できあがったシステムの中で私たちが子供たちに
何を伝えていけば良いのでしょうか。

 

自己決定力を身に付けられる社会のために大人が何をして、
子供に何を見せてあげられてたらいいのでしょうか?

 

私は徹底的に「本物」を見せるべきだと思っています。
奈義町でも豊岡市でもあるいは小豆島町とか、
他にお手伝いしている自治体でも大学でも、本物がキーワードに

 

—–

社会学の世界ではセンスやマナーといった身体的文化資本を培うには、
20歳位までに本物に触れさせるしかないといわれています。

—–

その他、メモしておきたい内容を下記に記録しておきます。

東京の合計特殊出生率が低いのは、女性のせいでも文化のせいでもなく、
子供3人以上の人がとても少ないからです。沖縄はその逆です。

家賃や食費や教育費が高い東京では、3人も子供を持つと負担が大きすぎる。
多くの子供を抱えて生活に苦労している街を皆で助けてやろうと言う意識が、
沖縄には地域文化としてあるし、東京では一部の個人にしかない。
その違いが大きいのです。

108ページ
「イノベーション」というか「労働力と資本以外の何かで、
経済を成長させるもの」とは結局何なんでしょうか。

2010年刊行の「デフレの正体」の第8構で書いたことなのですが、
それは技術革新には直接関係ないものでして、
早い話が「消費者一人当たりの消費額を増やすような工夫です。

社会システムの工夫、形の工夫、商品の工夫、いろいろありますが、
1番わかりやすいのは賃上げですね。
他には、消費者に受け入れれられるような値上げです。
いずれも消費額を増やし、経済を成長させます。

例えば日本人はここ20年間に
急に高い輸入オリーブオイルを使うようになって、その市場は成長しました。

別に何か製造技術の革新があったわけではなく、
嗜好が変化しておいしいオリーブオイルには
お金を払うという人が増えたのです。

 

同じく30年前には誰もお金を払って買うことがなかった水のボトルを、
今では皆が愛用していて大きな市場が成立していますが、
これもペットボトル技術の登場もあったかもしれませんが、
水道の蛇口からいくらでも飲める水にお金を払って買ってくるという
意識変化が起きたことが大きいのです。

 

同じペットボトル飲料でも、炭酸飲料は伸びていません。
経済学者のいうイノベーションの正体って
要するにそういう身近なことなのです。

ですが、ほとんどの商品はあまっていて、
値上げできるところか値崩れするばかり。
それがいわゆるデフレを生んでいます。

 

136ページ

自己決定力を身につけろ

 

経済成長も幻想ですが、さらに地方ほど高校進学や
就職の段階で普通科信仰、正社員信仰というものがあって、
それがまさに現実なんです。

私は教育と文化政策で自治体と関わるので、
これまでも繰り返し自己決定力の重要性を説いてきました。

奈義町の場合、隣の津山市にしか高校がない。
普通科の津山高校と津山商業高校では、商業高校の方が改革が進んでいます。

商業はもともと課題解決型授業が多くて縛りが緩いんです。
いい校長先生がくると、アクティブラーニングのような
新しい教え方もすぐ導入できます。

地元のお菓子屋さんと地域の果物を使った
新しいスイーツを開発するといった、独自の事業始めています。

 

で、いまは普通にそういう授業をやっていると、
岡山大学のAO入試に受かったりします。

国立大学でも商業高校から入れるんです。

ところが中学の段階で親や教師に理解がなく、
本人にも自己決定力がないと、ギリギリで津山高校に合格して
途中で退学なんてこともある。

確かに最初から京大阪大を狙うという子だったら、
津山高校にいかないと無理なんですが、
そうでない場合は、商業高校に行った方が良い子もたくさんいる。

進学においても、自分で選ぶ「自己決定力」がポイントになるんです。

奈義町の場合は高校がないから、
15歳までにこの能力を身につけさせないといけない。
豊岡の場合は大学が少ないから、18歳までにこの能力をつけさせないといけない。
東京や大阪に出ていくのか、それとも地元に残るのか。

前にお話ししたように「憧れだけでは東京には出さない」
というのが豊岡の教育方針です。

自分で判断する能力をつけさせるというのが、
いまの地方の教育の最大の役割だと思っています。

そう考えると東京の子は、自己決定しないで偏差値輪切りで高校に行く。
地域の課題なんか全く考えずに受験勉強だけしている。
将来東京に住んで働く事は自明だと思っている。
だから自己決定力なんて磨きようもないんですね。

自分の子供に対しては、自分で判断して自力で飯だけは食え。何とか自立しろ。
普通の人なりにちゃんと稼いで自己決定しなさい。
ということ以上に、教えることはないと思うのです。

 

157ページ

できあがったシステムの中で
私たちが子供たちに何を伝えていけば良いのでしょうか。

自己決定力を身に付けられる社会のために大人が何をして、
子供に何を見せてあげられてたらいいのでしょうか?

 

私は徹底的に「本物」を見せるべきだと思っています。
奈義町でも豊岡市でもあるいは小豆島町とか、
他にお手伝いしている自治体でも大学でも、本物がキーワードになっています。
とにかく早いうちから本物に触れさせる。
アイドルでも舞台芸術でもとにかく本物に触れさせるんです。

例えば豊岡市は人口80,000人ですけど、
市役所から南極越冬隊に職員派遣するっていうような無茶なことをやっていて、
子供が昭和基地と交信したりもするんです。
しかも一旦やり出すと人口が少ないから、多くの子供たちが直接体験できる。
価値観が逆転するんです。

 

つまり人口が少ないというマイナスのカードがプラスのカードに切り替わる。
規模が小さい街だから逆にいろんなことができるということに気づく。
そういう体験をふんだんにさせて、奈義町にいたからアイドルと直接交流できたんだ
というような価値観をどんどん植え付けていく。

 

社会学の世界ではセンスやマナーといった身体的文化資本を培うには、
20歳位までに本物に触れさせるしかないといわれています。

例えば骨董の目利きを育てるには、
本物の骨董品のそれも良いものだけを見せ続けるそうなんですね。
そうすると偽物を見抜く能力がつく。
要するに論理じゃなくセンスだから、小さいうちから本物体験をさせるしかない。
味覚なんかもそうですよね。

脳の中でも情動を司る領域を刺激するわけですね。
そう。IQを司る領域ではなくEQ、心の知能指数の領域を刺激するんです。
成長の1番大事な時期にIQばっかり鍛えているとEQが弱くなってしまう。
そういう人たちは今、霞ヶ関にはいっぱいいるわけですよ。
IQはとても強いけれど逆にEQがとても弱い人達が。

EQというのは「自己や他者の感情を知覚し、
また自分の感情をコントロールする知能」と定義付けられています。

EQ領域を活性化させるには、本物、良いもの、
コンテンポラリーダンスのようなわけのわからないものを、
「なんだこれは?」というものを見せることが必要です。

あとは人間の運命の不条理にも触れさせる。
それは別に芸術だけではなくて、体験教育もそうで、
障害者施設や高齢者施設に連れて行って、
体が動かなくなっているけれども
他のことに価値を見出して生きようとしている人たち触れ合わせる。

あらゆる意味でこういう本物を体験させることしか、
自己決定力を養う方法はないんです。