子どもの集中力アップのために父親ができるたった1つの簡単なこと

こどもをより良く育てたい。
子をもつ親の願いですね。

 

より良く育つためにほしい集中力。
なんと学習中、となりに父親が座ってやっているだけで
集中力が自然とアップするそうです。
出典:『子どもの地頭とやる気が育つおもしろい方法』(篠原信著、朝日新聞出版)

もちろんひとりの人間にとって
学力なんて全てではない。

 

しかしながら、隣に座っているだけで
集中力が上がるのであれば、
奥様から「隣に座っててよ」と言われないはずはない。

 

子どもにとっての父親の役割をかんがえる今日この頃です。

 

さて、今回は「父親とは」を再考する一冊と出会ったので紹介します。
子育てにどう関わればいいか悩むお父さんや
もっと夫婦でチカラを合わせて子育てしたいと考えるお母さんに
読んでもらいたい本です。

 

僕が子供の頃欲しかった親になる(幡野広志著)

 

下記、心にとどめておきたいことをまとめておきます。

 

親の価値観を押し付けない優しさ

大人の合理性から自由でいられる、わずか数年のわが子の幼児期につきあうというのも、愛情ではないだろうか。

仕事が忙しい親は時間がない。僕はガンになって仕事が激減した分、
日中時間はあるけれど、残された人生の時間は多くない。
つまりは皆、時間は限られている。

 

それでも自分が持っている時間を、子供のために差し出す。これも親の優しさではないだろうか。

 

失敗を踏まえて、次にもう一度だけ選ばせる。それが息子の成長につながるし、「やりたいことがわかる人」に育てることだと思うから

 

そのとき僕は子どもを持とうと決めた

もしも僕が失敗の機会を奪えば、息子は挑戦しない子供になってしまうだろう。
失敗させず、先回りして親が「こうしなさい」を決める。これは「優しい虐待」だ。
子供が選んだことを受け入れ、親の価値観を押し付けないのが優しさなのだ。

 

現実に僕がこの世に命をもらって生きているのは、両親、祖父母、そう祖父母たちがいたからだ。
飢饉も戦争も病気もあった時代。人間の命の価値が紙屑みたいに軽かった状況。それでも命をつなげてくれる人たちがいた。

 

当たり前の事実が、急に大きな影響力を持って、目の前に突きつけられた気がした。
そんな僕は安全圏の日本にいて、結婚している。
パートナーは子供をほしがっているし、働いて子供を育てられるだけのお金もある。
それなのに子供が嫌いという感情で親にならないのは間違っていると思った。
その時僕は、子供を持とうと決めたんだ。

 

命をつなげるという根本を考えれば、子育ての最大の目的は子供を死なせずに育てあげることなんだと思う。

息子の命の明るさが、僕の命を明るくしている

日本の僕たちは、いろいろなことを考えすぎて、いつの間にか単位を自分一人にしてしまった。
孤独が必要で大切なものだけれど、親となったのなら理屈抜きに、家族を大切にする方が良い。

 

学校なんか信用しなくていいし、嫌な友達と付き合わないほうがいい。
勉強ができなくても、好き嫌いがあっても、子供が死ぬよりはるかにいい。

 

子育てってなんだろうと言うことを僕は常々考えているけれど、
最初の目的は子供が死なないようにすることだ。

 

今日も息子は死なずにいきていて、僕はそれを写真に撮ることができる。
息子の命の明るさが、僕の命を明るくしている。

幸せは何か?自分で決めていいと息子に伝えておきたいですね

その他、心にとどめておきたい内容をメモして記録しておきます。
よろしければご覧ください。

26ページ
心配してくれる気持ちはよくわかるけれど、
ベッドで天井を見つめながら毎日を過ごして寿命を伸ばすことを僕は望んでいない。

 

28ページ
僕が調べたところ、がん患者でうつ病や適応障害を併発する人は
健康な人の約2倍、自殺率は約24倍。病院内の自殺者の半数ががん患者だという。

前立腺がんの5年後の生存率は97.5%
膵臓癌の5年後の生存率は7.9%

 

42ページ

小さなところで選ぶ練習ができない子どもは、恐ろしくて自分で決断できない

 

失敗させる優しさ

 

わが子に失敗させたくない。間違いがない、ベストの道をいかせてあげたいという親心なのだろうか。
そういえば、家族でスーパーに行くと、よく見かける光景がある。
「それじゃなくてこっちにしなさい」子供が選んだものを否定して、自分が良いと思ったものを押し付ける親の姿だ。

 

それはたかがお菓子だけれど、親の「それじゃなくてこっちにしなさい」は、
やがてファミレスのメニューになり、洋服になり、学校選びになり、部活や習い事になり、付き合う友達や彼女、彼氏に及ぶ可能性もある。
こういう親が、子供の就職先や結婚相手を「間違いのない選択」を押し付けても何ら不思議ではない。

 

仮に「そろそろ大人なんだし、ちゃんと自分で選ばせないと」と親が考え直したとしても、
小さなところで選ぶ練習ができていない子供は、失敗が恐ろしくて自分で決断できない。

 

「これをやりたい」と思う以前に自分で選んで決めて、「もし失敗だったらどうしよう」と怯えてしまうのだ。
こうして「やりたいことが見つからない」人ができあがる。

 

46ページ
大人の合理性から自由でいられる、わずか数年のわが子の幼児期につきあうというのも、愛情ではないだろうか。

仕事が忙しい親は時間がない。僕はガンになって仕事が激減した分、
日中時間はあるけれど、残された人生の時間は多くない。
つまりは皆、時間は限られている。

 

それでも自分が持っている時間を、子供のために差し出す。これも親の優しさではないだろうか。

 

失敗を踏まえて、次にもう一度だけ選ばせる。それが息子の成長につながるし、「やりたいことがわかる人」に育てることだと思うから

 

もしも僕が失敗の機会を奪えば、息子は挑戦しない子供になってしまうだろう。
失敗させず、先回りして親が「こうしなさい」を決める。これは「優しい虐待」だ。
子供が選んだことを受け入れ、親の価値観を押し付けないのが優しさなのだ。

 

50ページ
現実に僕がこの世に命をもらって生きているのは、両親、祖父母、そう祖父母たちがいたからだ。
飢饉も戦争も病気もあった時代。人間の命の価値が紙屑みたいに軽かった状況。それでも命をつなげてくれる人たちがいた。

 

当たり前の事実が、急に大きな影響力を持って、目の前に突きつけられた気がした。
そんな僕は安全圏の日本にいて、結婚している。
パートナーは子供をほしがっているし、働いて子供を育てられるだけのお金もある。
それなのに子供が嫌いという感情で親にならないのは間違っていると思った。
その時僕は、子供を持とうと決めたんだ。

 

命をつなげるという根本を考えれば、子育ての最大の目的は子供を死なせずに育てあげることなんだと思う。

 

54ページ

褒めることで息子に「自己肯定感」がはぐくまれるだろう。
自己肯定感は自信につながるし、自信は息子が生きていくうえで、頼もしい味方になるはずだ。

 

頼りになる親になるには子供が安心できる存在にならなければいけない。
頼られる強さがなければ、少なくとも子供の最大の味方にならなければいけない。
それが子供を安心させるし、安心は自信を育む土壌でもある。

 

人より早く父を亡くすであろう息子に、たくさんの自信をプレゼントしてあげたい。

 

58ページ

指示なんかしなくても、母親が毎日バスの運転士さんやコンビニの店員さんに対し、
「ありがとう」と笑顔で言っていたら、自然と子供は真似をするのではないだろうか。

 

親は子供にいろいろなことを教えようと意気込んでいるが、
子供はさりげなく、親にたくさんのことを教えてくれる。

 

64ページ

大人になって思う。おそらく学校とは、理不尽さを学ぶ場所なんだ。
そもそも社会は理不尽なものだから、理不尽さを知らないまま大人になると、理不尽さにやられてしまう。
だから僕が息子を学校に生かせる理由は2つ。

 

1つは、年齢相応のことをさせるため。
もう一つは、予防接種のごとく理不尽さの免疫をつけさせるためだ。
これ以外、学校に求めるものは何もない。

 

親が教える悪知恵とは、生きる術だ
生きるための悪知恵の方が、子供の人生にとってずっと必要で、役に立つ。

 

94ページ
一人旅というのは、自分と旅をして自分を知る、貴重な時間だ。
自分がどんな人間なのか試される機会でもある。

 

癌になってから、身近に人がたくさんいるのに、孤独を感じるなった。
もうすぐ死ぬというのは、極めつけの孤独に向き合うようなことだ。
そのとてつもない孤独と何とか付き合っているのは一人旅のおかげだし、
これまで行動して経験して自分の中にいろんなことを蓄えてきたからだろう。
だから息子にも「旅はいいよ」と教えてあげたい。
1人で旅をし、孤独と向き合うのは自分を知り何かを得る経験になるはずだと。

 

96ページ
人の目を気にせず、自分の経験をした方が良い。それがきっと、自信につながる。

インドの写真家の教え
僕は旅先で写真を撮るが、いくら見返してもその時の感動よみがえらない。
風の音、匂い、温度や湿度、すべての感覚をするには、写真は不完全なツールだ。

写真は五感のうちの視覚だけを使うものだし、それすらフル活用していない。
人間の視野は180度位あるが、写真にするとかなり狭くなってしまう。
写真を見ただけではわからないことばかりで、だから旅という経験が大切なのだ。

 

101ページ
観光客の写真がつまらないのは、他の人の写真を、ただなぞっているからだ。
人の目を意識するという癖は、なんて自分を狭くしてしまうことだろう。
息子に写真家を目指して欲しいわけではないが、これだけは知ってほしい。
人の目を気にせず、自分の経験をした方が良い。それが自信につながると。

 

子供にとっては、保育園に行く道のりですら旅なのだ。

 

108ページ
自分の中にくすぶっていた承認欲求が満たされたことで、自己肯定感が芽生えた。

自己肯定感がない人は、まず何か、自分の承認欲求が満たされる行動をすると良いのではないだろうか。

自分で自分を褒めて自信がつけば、人のことを褒められるようになる。
自信がある面白い人がお互いを褒め合える世の中は、幸せな世の中だと僕は思う。

 

159ページ

夢と仕事のお金について色々と書いたけれど、選ぶのは息子で僕じゃない。
ただ、いろんな選択肢があることを教えるだけが僕の役目だ。

 

息子には好きなことを選んだということを真似してほしい

 

それでも仕事はしょせん仕事。仕事=自分ではなく、夢を叶えるためのツールだ。
結局、何かを失った時に残るのは、家族しかないのかもしれない。

仕事をアイデンティティにするより、家族をアイデンティティにしたほうがよほど良いと、息子には伝えておきたい。
家族は仕事があろうがなかろうが、病気になろうが健康になろうが、変わらないのだから。

 

185ページ
人生を生きる意味もまだわからないけど、生きる価値はあるものだと感じている。

 

188ページ
死と直面することで本当に大切なものが見えてくる。
皮肉なものだけど、死と直面することで生きてることを実感するのだ。
何でもないすべては生きていることで、命の明るさだ。

 

それはベトナムに旅したときに感じたものと同じだった。
ベトナムは伸び盛りの成長途上国といわれるが、まだ貧しい国だ。
一般的な工場で働いている人の給料が300ドルで、収入が低い人は150ドル。
僕がお願いした通訳者は、給料が400ドル位だと言っていた。

 

それでもみんなしっかりと、当たり前のように明るく生きている。
深い話をしたわけではないけれど、日本でより圧倒的に楽しそうだし優しい。
カメラを向け、たくさんの笑顔を撮っていたらふと思った。

 

「ガンになっても別にいいかな。人間っていずれ死ぬしな」

 

温かく湿った空気の中で、「どう死ぬかよりも、どう生きるかっていうほうが大切だ」
なんていうことを素直に思わせてくれる旅だった。

 

子供を理屈抜きに丸ごとを可愛がるのに、僕たちは身構えすぎているのかもしれない。ベトナムに行ってそう思った。
ベトナムだけじゃなく、例えばブラジル人が1番大切なものはファミリアつまり家族だ。

 

もしも自分の子供がいじめられたら、お父さんお母さんお姉ちゃんお兄ちゃんおじさんおばさんファミリアそれで問題が解決すると言う。
旅行も食事会もパーティーも、単位は家族で絶対に一緒だ。

 

一方日本の僕たちは、いろいろなことを考えすぎて、いつの間にか単位を自分一人にしてしまった。
孤独が必要で大切なものだけれど、親となったのなら理屈抜きに、家族を大切にする方が良い。

 

学校なんか信用しなくていいし、嫌な友達と付き合わないほうがいい。
勉強ができなくても、好き嫌いがあっても、子供が死ぬよりはるかにいい。

 

子育てってなんだろうと言うことを僕は常々考えているけれど、
最初の目的は子供が死なないようにすることだ。

 

今日も息子は死なずにいきていて、僕はそれを写真に撮ることができる。
息子の命の明るさが、僕の命を明るくしている。

幸せは何か?自分で決めていいと息子に伝えておきたいですね

最後までご覧いただきありがとうございました。